FX life schoolの校長:維新の介について :【公式】維新の介 校長の「失敗しないFX lifeschool」

【公式】維新の介 校長の「失敗しないFX lifeschool」

維新の介 校長の「失敗しないFX lifeschool」

維新の介について大学受験の失敗、海外への逃避行、借金900万から、自由な生活を送るようになるまで



1972年6月生まれのネズミ年で現在46歳。
ふたご座でB型ですが、これを言うとなぜか引かれます。これだけで女性にフラれたことも。

兵庫県西宮市生まれ。
一時大阪にもいましたが、今は西宮市に戻ってきて妻と5匹のワンコに囲まれて日々幸せに過ごしています。
現在、芦屋市に新しい家を建てている最中なので、今年中(2018年)には引っ越すと思います。ひたすらワンコたちが快適に過ごせる家にしました(笑

父は大学の教員、母も元教員という家に生まれ、幼いころから勉強漬けの毎日で正直かなりしんどかったのを覚えています。
他の習い事も多く、あまり楽しい子ども時代ではありませんでした。

後で聞いた話ですが、私が生まれたときに両親の間では「この子には英才教育をほどこそう」ということで意見が一致していたそうです。
ですが、残念ながら両親の期待にはそえず、親が敷いたレールから脱線しまくりの人生を送っています。

でも集中力はあったようで、2歳~4歳くらいの頃は毎日ひたすらジグソーパズルをしていたのを覚えています。
飽きたら裏返しでやっていました。ピースのわずかな形の違いまで全て覚えていましたね。

このように「形を識別する」という能力が、後にチャートの識別という力につながったと勝手に解釈しています。

幼稚園の頃は人見知りが激しく、まわりと打ち解けることはほとんどありませんでした。
みんなの輪に入って遊ぶということもなく、先生が言っていることも聞かず、自分の世界に入り込んでいるようなタイプでした。
自由時間は教室の隅っこで本ばかり読んでいたのを覚えています。

小学校に上がるとひたすら習い事です。
ピアノ、公文、水泳、塾、正直ほとんど遊びにいけませんでした。体力的にも精神的にも人生で一番つらかった時期かもしれません。
でも進学塾と親の英才教育(?)のおかげで、成績は6年間学年トップでした。

中学校からは親元を離れて寮生活をしていました。すべり止めで受験した地方の私立中学校です。
本命だった中学校は面接で緊張しすぎてぶっ倒れました。人一倍メンタル弱いんです。
これはトレードをしている今でも痛感します。

寮に入ると、親の監視下の勉強の義務から解放されて成績は見事に右肩下がり。
寮生活は厳しく剣道や柔道の有段者である寮監長が竹刀を持って追い掛け回してくるような学校でした。
そのため、中高一貫教育の学校を中学3年間で逃げ出して地元の私立高校に入学。

その高校は肌にあっていたみたいで、人生で初めてたくさんの友達ができましたし、その当時の友人たちとは今でも仲がいいです。

高校2年から国立理系コースに入ったのですが授業に全くついていけません。
優秀な友達のノートを見せてもらいながら、追試を付けつつ、なんとか進級するという状態です。

でもこの頃から人生の進路に少し疑問を持ち始めていたんです。
父からは「お前は理系向きだ」と言われ続けたため理系コースに進むのが当たり前のように思っていたのですが、得意科目は国語と歴史、好きな科目は英語、苦手&嫌いな科目は数学物理化学。

どう考えても理系じゃありません(笑

そもそも私は将来「お金を稼ぎ」たかったんです。端的に言うと、私「お金持ち」になりたかったんですね。

当時の考えでは、理系でお金を稼ぐ職業は医者くらいしか思いつきませんでしたが、両親に「医学部は高いから無理!」と言われていました。
だったら事業を起こすか投資しかないのでは?と思い始めたのがこの時期です。

事業を起こすにしても投資をするにしても、財務諸表が読めたほうが有利に違いない!さらにはお金を稼げる資格を!ということで、将来の目標を「公認会計士」と「留学してMBAの資格を取る」ことに定めました。

こうして理系コースに在籍しながら受験するのは真逆の私立文系。
留年するわけにはいかないし、授業ではあまりやらない文系科目にも力を入れねばならなかったのでかなり大変でした。

しかも文系を受験すると決めたのは高校3年生の秋。もう時間がありません。

当たり前といえば当たり前なのですが、志望校には受からず浪人することにしました。しかし、そこでまた人生の岐路がありました。

ビリヤードとの出会いです。

映画「ハスラー2」の影響で高校の頃から好きだったのですが、浪人中にどっぷりハマってしまいました。

当然受かる大学などあろうはずもなく二浪決定です。
さすがに二浪は世間体も悪いので、とりあえず海外留学ということでアメリカの田舎の大学に入学。寮の部屋から地平線が見えるくらい田舎です。

毎朝7時には近くの空軍基地に着陸するB-52というデカイ爆撃機が寮の真上を通り、イヤでも目が覚めます。
でも、日本みたいに男子寮と女子寮とに分かれていないのは幸せでした。可愛い子多かったです。ちなみにシャワールームも別れていません。

毎日大学にいって、終わったら水泳に行って、その後バスケしてジムに行ってトレーニング。移動は全部インラインスケートか自転車。3か月で67㎏→56㎏(笑
帰国後は「おまえはボクサーか!!」ってつっこまれました。

里心がついて1年弱で帰国。結局ビリヤードしながらアルバイトの日々でした。

でもここで奮起。またもや人生の岐路です(笑

やっぱり大学へ行こう!ということで、マグロで有名な近畿大学の商経学部に入学。
会計士を目指していましたので、とりあえず簿記1級を取るも4回生半ばでビリヤードのプロになる決心をして退学しました。

人生なめてますね。(奮起はどこいった?)
でもやりたいことでのし上がるのでなければ、私にとって人生ではありません。

大概のジャンルは、極めたら食べていくことはできるというのが私の信条ですし、やりたくないことのために費やされる人生なんてまっぴら御免です。

そこから結婚と離婚を経て、いろいろあって人の借金を900万円近く抱え、借金を返すべく必死になって、ビリヤードは結局挫折しました。

先が見えなかったころに出会ったのが、当時、週刊マガジンに連載されていた「M.I.Q」という漫画です。
その中でデイトレードをしている場面があったんです。「これだ!」って思いました。

そして種銭貯めて34歳のころにトレード開始。
もちろん最初は勝てません。スタートから半年間は資金を減らし続けていました。

でも運命のダウ理論との出会いがあり、そこから10年。

40歳を越えて再婚等ありましたが、今はやりたいことだけを存分に楽しんでいる人生です。
仕事も受けますが、判断基準は「楽しいかどうか」。これだけです。
愛する妻と5匹のワンコ達とともに経済的にも時間的にも本当に自由な生活を送っています。

行きたいところ、やりたいこと、住むところ、全て思ったままにできる人生です。

今は、一人でも多くの方にこの自由を感じてもらうために、これまで培ってきたトレード方法やトレードに対する考え方を伝え続けています。

多くの方に経済的に豊かになり、精神的にも豊かになり、人として共に成長できること(のお手伝い)を、仕事でもあり、「生きがい」としても取り組んでいます。



FXの成功に必要なものは器です